4月18~19日桜紀行・庄内遠征編その4(山形県庄内町) ― 2009年04月23日 00時27分06秒
【狩川城】
大山公園の次は庄内平野を挟んで東の丘陵地帯の北端に築かれた狩川城を訪れた。狩川城は山間部を流れた最上川が庄内平野に抜け出る要所にあり、今は楯山公園として整備されている。狩川城主としては最上氏家臣の北舘大学利長が有名で、北舘堰を築いて田畑を潤したことから、地元の名領主として本丸跡に銅像が建っているほどである。
丘陵北端部の本丸はそこそこ深い空堀で切られており、また土塁や腰郭の跡も所々に見られるが、二の丸と三の丸は野球場などが造られた関係で遺構などはよく判らなかった。
肝心の桜については本丸に沢山植えられており、ちょうど見頃のハズだったが、ここに来る前に訪れた鶴岡公園や大山公園と比べてボリュームが無いのが残念だった。むしろ二の丸跡のパターゴルフ場になている場所に咲いている桜のほうがボリュームがあって綺麗だった気がする。
大山公園の次は庄内平野を挟んで東の丘陵地帯の北端に築かれた狩川城を訪れた。狩川城は山間部を流れた最上川が庄内平野に抜け出る要所にあり、今は楯山公園として整備されている。狩川城主としては最上氏家臣の北舘大学利長が有名で、北舘堰を築いて田畑を潤したことから、地元の名領主として本丸跡に銅像が建っているほどである。
丘陵北端部の本丸はそこそこ深い空堀で切られており、また土塁や腰郭の跡も所々に見られるが、二の丸と三の丸は野球場などが造られた関係で遺構などはよく判らなかった。
肝心の桜については本丸に沢山植えられており、ちょうど見頃のハズだったが、ここに来る前に訪れた鶴岡公園や大山公園と比べてボリュームが無いのが残念だった。むしろ二の丸跡のパターゴルフ場になている場所に咲いている桜のほうがボリュームがあって綺麗だった気がする。