5月5日桜紀行 帰省復路編・その7(秋田県湯沢市) ― 2010年05月23日 15時09分15秒
【岩崎城】
横手城を散策した後は横手市から南下し、皆瀬川を越えてちょうど湯沢市に入る場所にある千年公園へと向かった。この公園こそが岩崎城の跡であり、前森公園と愛宕公園に並ぶ湯沢市の桜の名所である。
岩崎城は小野寺氏一門の岩崎氏の居城で、岩崎氏の娘の能恵姫の悲劇が伝わる龍神伝説の舞台でもある。佐竹氏の時代には久保田藩の支藩の藩庁となり、陣屋が置かれたという。
千年公園へはとりあえず八幡神社を目印にして移動をしたが、神社のある城跡の丘陵の南側には堀の跡があり、このため参道が土橋のようになっていたのが印象的だった。
階段の上の八幡神社のある場所はそこそこ広く、神社の北側の奥には水神社があり、八幡神社よりさらに高い場所には妙見社も置かれていた。神社の東側には八幡神社より高く妙見社より低い空間があり、ここには井戸があって前述の能恵姫に関わりのある卵石が底に沈んでいるという。恐らく地形からみてここに城主の居館があったのだろう。なお、桜の木はこの辺り一帯に多く咲いており、いずれも満開で綺麗な景色だった。
妙見社から堀切をまたいで北側にある同じくらいの高さの郭が岩崎城の本丸らしく、ここからは皆瀬川と十文字方面の平野を一望することができ、素晴らしい眺望ポイントだった。
横手城を散策した後は横手市から南下し、皆瀬川を越えてちょうど湯沢市に入る場所にある千年公園へと向かった。この公園こそが岩崎城の跡であり、前森公園と愛宕公園に並ぶ湯沢市の桜の名所である。
岩崎城は小野寺氏一門の岩崎氏の居城で、岩崎氏の娘の能恵姫の悲劇が伝わる龍神伝説の舞台でもある。佐竹氏の時代には久保田藩の支藩の藩庁となり、陣屋が置かれたという。
千年公園へはとりあえず八幡神社を目印にして移動をしたが、神社のある城跡の丘陵の南側には堀の跡があり、このため参道が土橋のようになっていたのが印象的だった。
階段の上の八幡神社のある場所はそこそこ広く、神社の北側の奥には水神社があり、八幡神社よりさらに高い場所には妙見社も置かれていた。神社の東側には八幡神社より高く妙見社より低い空間があり、ここには井戸があって前述の能恵姫に関わりのある卵石が底に沈んでいるという。恐らく地形からみてここに城主の居館があったのだろう。なお、桜の木はこの辺り一帯に多く咲いており、いずれも満開で綺麗な景色だった。
妙見社から堀切をまたいで北側にある同じくらいの高さの郭が岩崎城の本丸らしく、ここからは皆瀬川と十文字方面の平野を一望することができ、素晴らしい眺望ポイントだった。