4月29日奥州桜と城址の旅第二陣・その6【大槌城】(岩手県大槌町)2013年05月05日 17時02分15秒

4月27日と28日は奥羽山脈から吹き降ろす冷たい強風に悩まされ続けたため、連休最終日の29日は沿岸部を目指して移動した。途中で遠野を通過したが、遠野の桜はまだ蕾が多かった。ただ、遠野から釜石に抜けると標高が一気に下がるためか山側は桜がまだ咲いている所もあったが、沿岸部は既に桜が散っている状態だった。


大槌城と代官所の碑がある場所
ちょっと予想以上に散っている桜が多かったため、北上して大槌町へと入った。この辺りは震災の爪跡が今もハッキリ残っており、移動中に通過した場所にはショッキングな光景が続いていた。画像は大槌町の仮の役場や消防署の前にある小さな岩で、この上に大槌城の城址碑がある。なお、岩の右側の足元には大槌代官所の碑もあった。


大槌代官所跡
大槌代官所跡は仮の役場や消防署、警察署などが置かれた行政の中心となっているが、少し前までは大槌小学校がここにあった。現代の代官所とも言える施設がここにあることは、どこか歴史の因縁を感じざる得ない。


麓から見た大槌城
大槌代官所跡付近から大槌城を見上げると、結構迫力がある。あそこまで登ることを考えると、当時の大槌城が難攻不落だったことも判る気がする。


大槌城高舘
城跡自体には車道も1本通っているので、車で登る分にはそんなに苦労しないかもしれない。ただ、城の隅々まで見るとなると山道を通る必要があるので、結構歩くことになる。とりあえず、代官所跡から車道を通り、公民館を抜けた先で、山道に入って城の東端部の高舘へと登った。


大槌町中心部跡
高舘は今は東屋があるが、地形は狭く特に加工もされていないようなので、見張り台程度だったように思える。ここからは大槌の沿岸部が一望できるが、眼下には壊滅した街の跡が広がっているため、なんとも言いがたい絶句する景色である。


大槌城四の丸から見た高舘
高舘から稜線に沿って登って行くと四の丸に辿り着くが、ここからがやっと城の中枢といった感じである。画像は四の丸から高舘方面を見た景色。画面中央奥の突端にかすかに高舘の東屋が見える。なお、道中には堀切らしき箇所が確認できた。


大槌城三の丸跡
四の丸から本丸までは階段状に削平地が連なっており、三の丸と二の丸は比較的広いが、四の丸と本丸は狭い。三の丸からは柵列の跡や建物の跡などが発掘されており、重要な施設はここにあったように思われる。


山桜?
なお、城山には至る所に桜が植えられており、染井吉野は散っているようだったが、他にも様々な種類の桜があって満開に近い状態のものも多かった。画像は三の丸跡のたぶんヤマザクラかカスミザクラと思われる桜。城跡には他にもヤエザクラやエドヒガンかなと思われるものもあった。


天狗巣病
ただ、一方では天狗巣病と思われる桜も多く、病気に弱いソメイヨシノなどには過酷な環境に見える。


本丸斜面の水仙
桜以外では本丸の斜面で水仙の花が咲いているのが見られた。最高所の本丸は郭は狭いが、ここからは360度の景色が見えるのでなかなか素晴らしい。


西砦と本丸の間
画像は西砦から見た本丸との間の堀切跡。堀切跡は埋められて城の説明板やベンチが設置された空間となっている。車で来た場合はここが本丸に最も近い場所となるが、駐車場はここから少し離れた場所にある。


西砦から南砦を見る
画像は西砦から南砦方面を見た景色。城跡は高舘から四の丸、三の丸、二の丸、本丸、西砦、南砦とUの字を描く縄張りになっており、馬蹄型城郭の一種とも言える。


焼いた跡?
城山を歩いている最中にずっと気になっていたが、至る所に山火事のように焼け焦げた木々があった。南砦から降った箇所の松林では松の根元だけが焦げており、どうも人為的に焼いているようだった。何か松食い虫などの退治でも行われていたのだろうか?

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