11月20日奥会津晩秋の旅・その1(福島県南会津町) ― 2010年11月22日 18時35分50秒
【古町の大いちょう】(馬場屋敷跡)
今年は遅いと言われていた奥羽の秋もほぼ終わりを迎えていたが、最後の秋を探して奥会津の伊南地方へ出かけて来た。目当ては有名な「古町の大いちょう」であったが、タイミング悪く2日前の夜に一斉に落葉してしまったとのことであった。
大銀杏は小学校の校門付近にそびえるように立っており、既に枝だけになっていたが、地面には黄色く分厚い絨毯が出来上がっていた。近くで子供が落ち葉を巻き上げるように遊んでおり、落ち葉の量から黄葉のボリュームも凄いであろうことが容易に予想できた。なので、いつか見頃の時期にもう一度再訪したいものである。
なお、この大銀杏は河原田盛次の家臣の馬場安房の屋敷の庭にあったそうで、つまり小学校のグランドが馬場安房の屋敷跡だという。大銀杏の樹齢は約800年で、ちょうど河原田氏が伊南地方へ下向した鎌倉時代に相当しており、河原田氏が下向して西館を築いた時に家臣が屋敷の庭に植えたと言い伝えられている。
今年は遅いと言われていた奥羽の秋もほぼ終わりを迎えていたが、最後の秋を探して奥会津の伊南地方へ出かけて来た。目当ては有名な「古町の大いちょう」であったが、タイミング悪く2日前の夜に一斉に落葉してしまったとのことであった。
大銀杏は小学校の校門付近にそびえるように立っており、既に枝だけになっていたが、地面には黄色く分厚い絨毯が出来上がっていた。近くで子供が落ち葉を巻き上げるように遊んでおり、落ち葉の量から黄葉のボリュームも凄いであろうことが容易に予想できた。なので、いつか見頃の時期にもう一度再訪したいものである。
なお、この大銀杏は河原田盛次の家臣の馬場安房の屋敷の庭にあったそうで、つまり小学校のグランドが馬場安房の屋敷跡だという。大銀杏の樹齢は約800年で、ちょうど河原田氏が伊南地方へ下向した鎌倉時代に相当しており、河原田氏が下向して西館を築いた時に家臣が屋敷の庭に植えたと言い伝えられている。