11月8日秋田青森の城跡と紅葉の旅・その9(秋田県大館市) ― 2010年11月17日 21時58分27秒
【十狐城】
大館城跡散策後はせっかくなので浅利氏の居城に寄っていこうと思い、比内へと移動して独鈷の大日堂へと向かった。ここは浅利則頼によって築かれた浅利氏の居城跡でもあった。
集落から大日堂の丘へと登ると途中に十狐城跡への間道があり、入ってすぐの場所こそが巨大な空堀の跡であった。そこから西側に登った丘の上が米蔵跡で、北東側に登った上が本丸であった。どちらも現在は郭内が畑になっていたが、本丸はどっちかというと半分以上が荒地になって藪化しつつあった。
空堀から沢を遡って行くと、やがて沼に出るがこの沼のほとりにある神社によると、かつては浮島が浮かんでおり、参拝客が島に向かって賽銭を投げる慣習があったという。この沼の周囲も郭跡だったようだが、本丸や米蔵跡と違って境界が曖昧でよく判らなかった。
沼からさらに進み森から出た場所が大日神社(大日堂)の境内で、立派な社殿と隣接する大きな二階建ての建物が特徴的な場所だった。全体的に針葉樹の森なので、綺麗な紅葉とは無縁の場所かと思っていたが、外縁部には広葉樹も多くここも紅葉してそこそこ綺麗だった。また、神社の鳥居の隣にあるイチョウの樹も特徴的で面白いものだった。
大館城跡散策後はせっかくなので浅利氏の居城に寄っていこうと思い、比内へと移動して独鈷の大日堂へと向かった。ここは浅利則頼によって築かれた浅利氏の居城跡でもあった。
集落から大日堂の丘へと登ると途中に十狐城跡への間道があり、入ってすぐの場所こそが巨大な空堀の跡であった。そこから西側に登った丘の上が米蔵跡で、北東側に登った上が本丸であった。どちらも現在は郭内が畑になっていたが、本丸はどっちかというと半分以上が荒地になって藪化しつつあった。
空堀から沢を遡って行くと、やがて沼に出るがこの沼のほとりにある神社によると、かつては浮島が浮かんでおり、参拝客が島に向かって賽銭を投げる慣習があったという。この沼の周囲も郭跡だったようだが、本丸や米蔵跡と違って境界が曖昧でよく判らなかった。
沼からさらに進み森から出た場所が大日神社(大日堂)の境内で、立派な社殿と隣接する大きな二階建ての建物が特徴的な場所だった。全体的に針葉樹の森なので、綺麗な紅葉とは無縁の場所かと思っていたが、外縁部には広葉樹も多くここも紅葉してそこそこ綺麗だった。また、神社の鳥居の隣にあるイチョウの樹も特徴的で面白いものだった。