2月13日伊豆の旅・その5(静岡県伊東市) ― 2010年02月19日 23時23分54秒
【伊東氏館】(物見塚)
来宮神社を出た後は昼食を食べるために街に戻り、昼食後は再び桜並木と露店巡りを楽しんだが、さすがに寒くなってきたため、早めに切り上げて今日の宿をとった伊東温泉へと移動することにした。
伊東の市街地に着いた後は、さすがに宿に入るには少し早すぎる時間なため、伊東祐親の居館跡と推定されている物見塚へと向うことにした。
伊東祐親は源頼朝との悲恋で有名な八重姫の父親で知られる人物で、平家方として石橋山の戦いから源頼朝を苦しめるが、最後は敗れて頼朝に捕まり、自害して果てた武将である。伊東荘の所領争いで工藤祐経と犬猿の仲であり、祐経の部下によって嫡子の河津三郎を射殺され、これが後の曽我兄弟の仇討ちを招く原因となった。
伊東市の市役所が立つ物見丘は市街地を一望できる場所であり、市役所に隣接してある物見丘公園には伊東祐親の銅像が飾られていた。この丘の上が伊東氏の居館跡とされているそうだが、丘は文字通り「物見」のための場所で、居館は麓にあったという説も唱えられている。
公園といっても小さなもので、散策してみた感じでは伊東祐親の銅像以外はこれといって見るべきものは見当たらなかった。一応、物見塚という三代目の松の生えた塚もあるが、これは何の塚なのか良く判らなかった。なお、地形はかなり開発の影響を受けており、遺構はさっぱり確認できなかった。
来宮神社を出た後は昼食を食べるために街に戻り、昼食後は再び桜並木と露店巡りを楽しんだが、さすがに寒くなってきたため、早めに切り上げて今日の宿をとった伊東温泉へと移動することにした。
伊東の市街地に着いた後は、さすがに宿に入るには少し早すぎる時間なため、伊東祐親の居館跡と推定されている物見塚へと向うことにした。
伊東祐親は源頼朝との悲恋で有名な八重姫の父親で知られる人物で、平家方として石橋山の戦いから源頼朝を苦しめるが、最後は敗れて頼朝に捕まり、自害して果てた武将である。伊東荘の所領争いで工藤祐経と犬猿の仲であり、祐経の部下によって嫡子の河津三郎を射殺され、これが後の曽我兄弟の仇討ちを招く原因となった。
伊東市の市役所が立つ物見丘は市街地を一望できる場所であり、市役所に隣接してある物見丘公園には伊東祐親の銅像が飾られていた。この丘の上が伊東氏の居館跡とされているそうだが、丘は文字通り「物見」のための場所で、居館は麓にあったという説も唱えられている。
公園といっても小さなもので、散策してみた感じでは伊東祐親の銅像以外はこれといって見るべきものは見当たらなかった。一応、物見塚という三代目の松の生えた塚もあるが、これは何の塚なのか良く判らなかった。なお、地形はかなり開発の影響を受けており、遺構はさっぱり確認できなかった。