11月22日糠部三連休遠征・その10(青森県田子町)2009年12月17日 21時25分43秒

大福山から見下ろした田子館跡(田子中学校)
【田子館】

三戸の城下を散策した後は、三戸を離れて鹿角道(秋田街道)沿いに進み田子町へと向った。目的は南部信直の居館だった田子館だったが、まずは街中の街道沿いにあるガーリックセンターに立ち寄り、腹ごしらえをすることにした。

ガーリックセンターは田子町の特産物であるニンニクを材料としたお土産や料理を扱っている場所で、ここで情報誌を見てから気になっていた「特性にんじゃあ麺」を食べたが、思いのほか美味しかったため、結局スープまで飲み干してしまった。

ガーリックセンターを出た後は熊原川を渡り、岬状に突出た部分から丘の上の田子中学校へ続く道を登った。少し登った場所に稲荷神社があったが、ここが絵図にも描かれた城の北端部にあった見張り台の小さな郭の跡だろう。とすれば、ここより上に小舘の郭があるはずだが、道路と宅地のおかげで正確にはどの場所なのか判らなかった。

道路沿いに丘へと上がりきった場所が田子中学校で、道の途中にあった麓から続く階段の道は大手道の跡である。とりあえず、学校のある場所が本丸跡(前館)だが見事に学校しか無いので、校舎と校庭の間の道の脇にある城址碑を確認し、道を通り抜けて本丸の搦め手側へと出た。搦手を出た場所は、佐々木氏の館跡である佐々木古舘との間にある堀切跡だが、これが同時にかつての鹿角道でもある。現在の鹿角道は断崖を切り開いた場所を通っているため、この道は今では学校専用の通学路のようなものである。なお、佐々木古舘の丘の上は笹が覆い茂っているようだったが、丘の360度が急崖になっているため直接登って確認することはできなかった。

一度、鹿角道を通って城の大手口に出た後、そこで城の説明板を確認し、再度大手道から丘の上に登り、今度は学校の隣にある大福山へと登った。本来は田子館と大福山の間には深い谷間があり、外掘を成していたが、今では谷間が丸ごと埋め立てられて学校のグランドとなっている。元々あった沢はトンネルにしてグランドの下を流しているようで、佐々木古舘側などにトンネルに入る前の沢の名残がちゃんと残っていた。

大福山は絵図には舘向御山と書かれていて、縄張りの外のような扱いになっているが、山は田子館よりも高い位置にあり、山の背後もまた谷間となっているため、田子館の詰城のようにも感じられた。ただ、現在の大福山は大部分が公園化されているため、ハッキリ遺構と言えるような箇所は確認できなかった。