9月11日会津遠征(中世編)・その11(福島県下郷町)2009年09月22日 01時05分46秒

大内宿の街並み
【大内宿】

湯野上温泉から小野岳の麓の狭い沢沿いに200mほど上流に登ると、急に開けた場所に出るがここが下野街道(会津西街道)の大内宿があった場所で、ちょうど昼前くらいについたが休日前の金曜日にも関わらず大勢の観光客で既に一杯だった。

大内宿のメインストリートへと入ると両脇に茅葺の建物が連なるなんとも日本らしい風景が広がっていたが、良く見ると部分的には茅葺でない建物もあるし、また茅葺の家の背後に普通のよくみる住宅があったりとTVなどでは見られない部分があり、実は人の住んでいない茅葺の家もあるということが判って少々面白かった。

基本的に現在は茅葺の家はどこも土産物の売店か食事処になっているが、宿の中心付近には本陣を復元した有料の資料館?のような場所があり、この建物の内部もなかなか面白かったが、常に火をたいていたため、二階部分に登った時は非常に煙たかった。

大内宿の北の突き当たりの上には御堂があり、ここからの眺めがまた最高で、よくある大内宿のポスターなどの写真はここから撮ったものだということがよく判った。たしかにここからは宿が一望できるため、観光客もみなここを目指して移動しているようだった。

大内宿で昼食をとった後は宿の西の外れにある高倉神社を参拝したが、ここには手水舎が無く、水路の脇に柄杓を置いて手水としているのがなんとも特徴的だったが、ここの社の背後にある杉もまた地面から数本に分かれてそびえる様が印象的だった。なお、高倉神社は高倉宮以仁王が1180年の平家との戦いに敗れた後にここまで落延びたことに由来する神社だという。

神社を参拝した後は下野街道を辿って南へと移動してみたが、沼山地区の森の中を移動中にスズメバチに頻繁に遭遇したため、途中で引き返してしまった。

結局、再び大内宿に戻って夕方までここで買い食いや買い物をし、その後は神奈川県への帰途についた。