9月9日会津遠征(上杉ゆかりの地編)・その4(福島県会津美里町) ― 2009年09月15日 23時38分40秒
【向羽黒山城】(後編)
本丸と二の丸の間の堀切跡から本丸への山道を進むと、ある程度登った所でさっそく虎口跡に辿り着いた。さらに登ると急斜面の上に作られた横掘や、道を折れさせる土塁などの遺構が現れ、なんとも面白い構造だった。
山道を登りきると本丸と北東郭の間の鞍部に着いたので、とりあえず先に北東郭を確認しに行ったが、こちらはゴツゴツした岩が散乱するくらいで特に目を見張るようなものは無かった。城の説明では櫓台があったそうだが、正直なところどの場所がそれなのか判断がつかなかった。
再度鞍部に戻って本丸を目指すと、さっそく堀切が目の前に現れた。道は堀切を東に迂回して進むが、山が急斜面なだけになかなか怖いものがあった。腰郭を通ってさらに登った先が本丸となる岩崎山の山頂で、予想以上に広い郭だったため、少々驚いてしまった。
本丸からの眺めは素晴らしく、先に登った羽黒山が眼下に見える風景はなかなかのものだった。ただ、本丸の中心にある意味深な岩については特に何も説明が無かったため、少々気になってしかたがなかった。
本丸を散策した後は搦手側から下山したが、こちら側は小さな堀切から大きな堀切まで4つもある上に途中は痩せ尾根を通るようになっていて正直大手側よりも厳重な造りになっているのが圧巻だった。
搦手道を下山して車道に出た後は、三日町口から下山しようと思ったが、全く人が通らない道のためか大きな蜘蛛の巣が幾重にも張られていて破るのがだんだん面倒になってきたため途中で引き返してしまった。このため、車道に戻った後は二の丸方面へ向い、車道沿いに下山することにした。
車道沿いに下山中に宗像神社のある場所で立ち寄ったが、ここにある弁財天の祠が東に突出た岩塊の先にあり、なんとも印象的な光景だった。当然ながら宗像神社の祠にも弁財天の祠にも参拝をしたが、山の昇り降りを繰り返したせいで少々足がふら付いていたため、この弁才天の祠に登る時が今回の旅で最も緊張する一場面となってしまった。
本丸と二の丸の間の堀切跡から本丸への山道を進むと、ある程度登った所でさっそく虎口跡に辿り着いた。さらに登ると急斜面の上に作られた横掘や、道を折れさせる土塁などの遺構が現れ、なんとも面白い構造だった。
山道を登りきると本丸と北東郭の間の鞍部に着いたので、とりあえず先に北東郭を確認しに行ったが、こちらはゴツゴツした岩が散乱するくらいで特に目を見張るようなものは無かった。城の説明では櫓台があったそうだが、正直なところどの場所がそれなのか判断がつかなかった。
再度鞍部に戻って本丸を目指すと、さっそく堀切が目の前に現れた。道は堀切を東に迂回して進むが、山が急斜面なだけになかなか怖いものがあった。腰郭を通ってさらに登った先が本丸となる岩崎山の山頂で、予想以上に広い郭だったため、少々驚いてしまった。
本丸からの眺めは素晴らしく、先に登った羽黒山が眼下に見える風景はなかなかのものだった。ただ、本丸の中心にある意味深な岩については特に何も説明が無かったため、少々気になってしかたがなかった。
本丸を散策した後は搦手側から下山したが、こちら側は小さな堀切から大きな堀切まで4つもある上に途中は痩せ尾根を通るようになっていて正直大手側よりも厳重な造りになっているのが圧巻だった。
搦手道を下山して車道に出た後は、三日町口から下山しようと思ったが、全く人が通らない道のためか大きな蜘蛛の巣が幾重にも張られていて破るのがだんだん面倒になってきたため途中で引き返してしまった。このため、車道に戻った後は二の丸方面へ向い、車道沿いに下山することにした。
車道沿いに下山中に宗像神社のある場所で立ち寄ったが、ここにある弁財天の祠が東に突出た岩塊の先にあり、なんとも印象的な光景だった。当然ながら宗像神社の祠にも弁財天の祠にも参拝をしたが、山の昇り降りを繰り返したせいで少々足がふら付いていたため、この弁才天の祠に登る時が今回の旅で最も緊張する一場面となってしまった。