9月9日会津遠征(上杉ゆかりの地編)・その5(福島県会津若松市)2009年09月16日 23時45分01秒

直江兼続屋敷跡地
【直江兼続屋敷跡】

向羽黒山城から無事下山した後はインフォメーションセンター2Fの「いわたて」で少し遅めの昼食をとり、次の目的地の会津若松へと移動した。

会津若松へ来た目的はもちろん若松城内の上杉家の展示だが、若松城へ向う途中で城の近くのある一角へと立ち寄った。今まで会津若松には何度も着たことがあるが、NHKの紹介映像を見るまで全く気づかなかった直江兼続屋敷跡の散策が目的である。

場所は竹田綜合病院と北出丸の中間あたりの街の一角であり、屋敷跡と呼ぶには少々狭い空き地がそこにはあった。空き地の前には目新しい『直江兼続屋敷跡』の看板があり、いかにも「大河ドラマで有名になったので立てました」という空気が感じられる。良く見てみると看板は少し古めのものが逆の位置にあり、こちらには『山鹿素行誕生の地』と書かれていた。

実際に空き地に入ると奥には大きな石碑があり、『山鹿素行誕生の地』と縦書きで書かれていた。なお、山鹿素行は蒲生忠郷が会津藩主だった頃の人で、林羅山の門弟にして山鹿流兵法を生み出した人である。

屋敷跡は特筆すべき所が無かったため、数十秒空き地を歩いた後はすぐに若松城へと移動を開始した。