7月19日会津喜多方遠征その3(福島県喜多方市)2009年07月23日 21時46分35秒

北宮諏訪神社
【坂井館】

喜多方ラーメンを食べた後、雨がやや止んできたため近くにある坂井館付近を散策してみることにした。

坂井館は小荒井村の領主の小荒井阿波の居館で、阿波は16世紀に大荒井村の穴沢氏と年貢について紛争を起こし、芦名盛隆によって所領を没収されている。なお、坂井館の坂井は元々は「境」のことで、加納庄の境界付近にあるためそう呼ばれたのだという。

とりあえず館跡付近にある北宮諏訪神社を目印に移動するが、喜多方の総鎮守とも言われる神社のわりには縁起等の書かれた看板も社務所らしきものも無く、少々期待していた分ガッカリしてしまった。一応、何か書かれた板のようなものがあったが、文字が消えていて読めず、他に境内にあるのは寄進者の名前等が書かれた板などだった。

この諏訪神社は1375年に芦名直盛によって勧請されたと言い、黒川(今の会津若松)の諏訪神社を南宮と言うため、こちらを北宮と言うのだと言う。ただ、1375年というと南北朝時代の動乱時期であり、後に芦名氏、北田氏、新宮氏、加納氏が会津北部で絶え間なく戦っていることを考えると、そんな時期に芦名氏によって勧請されたというのは俄かには信じられない。

諏訪神社の裏には愛宕神社があり、さらに東に稲荷神社があるが、肝心の坂井館のあった場所とされる辺りは住宅地になっており、特に見るべき所は何も無かったのが残念だった。