10月27日裏磐梯紅葉の旅・その2(福島県北塩原村) ― 2012年10月30日 01時10分17秒
裏磐梯の旅の2日目は、早朝に休暇村周辺の沼を散策し、その後に伊達政宗の築いた桧原の拠点である小谷山城(桧原城)へと向かった。

さすがに紅葉シーズンだけあって、散策路が整備された沼地などは朝から散策する人やカメラマンで賑わっていた。画像はレンゲ沼の景色。

前日に地元の人にも熊が出ると聞いたが、やはり熊注意の看板が所々に設置されていた。幸いにも今回の旅では出会わなかったが、今年は県全体で例年の3倍の熊目撃情報が出てるとか。

休暇村周辺を散策した後は、早稲沢方面へと移動して小谷山へと登った。ここは伊達政宗が築いた山城で、伊達家の会津攻略の最前線となった場所でもある。

城のある山は広葉樹が多く、場所によっては紅葉がかなり綺麗であった。山道を登って行く途中には堀切が確認できたが、写真に撮ってあとで見てみると何が何だか判らない画像になっていた・・・。

堀切群を過ぎて途中で横堀を移動し、城の枡型に入った所でその先には見事な遺構が残っていた。土塁と堀によって道は見事なまでに「己」の字のように折り曲げられており、それが連続しているために完全に「道を通らされている状態」なのである。近世の平城では似たような構造を見たことがあるが、山城でこのようにハッキリした構造を見たのは個人的に初めてだった。

枡型を抜けた先が城内で最も広い郭で、二の丸の跡だという。山頂ではあるが残念ながら木々が茂っているため展望は利かなかった。

二の丸と本丸の間には堀切があり、画像右の本丸の方がやや高くなっている。

本丸の虎口はよくみると岩を削って造られたようだった。あるいは自然石の石積みかもしれない。なお、本丸は二の丸より狭く、同様に展望も利かなかった。

本丸や二の丸の下の中腹には横堀がぐるりと巡っていた。現在の山道の一部はこの堀底や隣の土塁の上を通っている。
