10月7日山形城址散策(山形県山形市)2012年10月11日 23時39分13秒

三連休の中日は、以前4月に山形城のページを上げた時に三の丸土塁の写真を紛失していたため載せれなかったことを思い出したので、山形へと出かけて来た。


吹張口付近の土塁
まず始めに向かったのは三の丸吹張口付近に残る土塁。一見すると石垣のように見えるが、三の丸で石垣があったのは十日町口と七日町口(大手口)だけなので、これはただの後世の護岸の石積みである。手前の道路はどうやら外堀跡らしく、周りよりも少し沈んでいた印象があった。


第2公園付近
外掘跡を辿って市街地を反時計回りに散策していくと、山形学院高校より少し東に行った小路で明確な段差が確認できた。そこから北に進むと車道を挟んで第二公園へと至るが、画像右のこの公園はちょうど城外の部分で、左のマンションのある位置が外掘の跡となる。確かに心なしか地形に落差が感じられる。


歌掛稲荷付近の三の丸土塁
第二公園からさらに北上した場所にあるのが、山形城三の丸遺構の中で最も知られた歌懸稲荷神社隣の土塁である。一般的に「山形城の三の丸遺構」というとここを示す場合が多い。この土塁は二の丸土塁に勝るとも劣らない遺構だが、この裏に外掘跡もセットで残っているため、そちら側から見るとより迫力が感じられる。


保健所の近くの三の丸土塁と堀の発掘場所
歌懸稲荷から少し北に十日町口跡があるが特に何も残っていない。しかし、十日町口からやや北の保健所の構内では最近外掘が発掘されたらしい。この時は既に埋め戻されて何も無かったが、ちょうど画像の右奥の柵の向こう側にあたる。ちなみに画像左も三の丸土塁の一部で、歌懸稲荷の土塁と比べるとかなり小さく、大分削られたのだと思う。


肴町の三の丸土塁
三の丸で最後に立ち寄ったのが肴町の住宅地の中にある土塁で、山形城の展示では確か「新関氏宅の三の丸土塁跡」と紹介されていた。


二の丸西発掘調査現場
三の丸散策を終えた後は霞城公園へと向かい、二の丸の発掘現場を確認しに向かった。この付近には発掘情報を掲載した掲示板みたいなものがあり、久々に来ると新発見があって地味に面白い。発掘現場は大分内堀が全貌を現してきたが、その脇なども所々掘られており、進捗状況はパッと見てもよく判らない。


山形城本丸跡
本丸は久しぶりに内部を見たら参道が整備されていた。既に看板も設置されていたので、部分的に早い段階で公開するつもりなのだろうか。現在はまだ一文字門で足止めされており、写真は柵越しに撮ったもの。


山形城の彼岸花
今まで知らなかったが、山形城の土塁に彼岸花の群生があると聞いて見てきた。花のピークは既に過ぎていると思われるが、それでも妖艶に咲き誇っており、なかなかの見事な景観だった。