8月5日川越散策・その2(埼玉県川越市) ― 2012年08月06日 23時54分28秒
川越城を散策した後は霞ヶ関方面へと移動して、上戸にある河越館跡へと向かった。
とりあえず常楽寺を目印にして移動したが、寺の前にあった標柱は既に文字が消えかけてただの木柱になりつつあった。なお、寺自体も館跡の一角で北と東に土塁が残っていた。
河越館跡の西側のゴルフセンターとの間にもかなりハッキリ土塁が残っており、こちらは上杉氏時代に造られたものだという。
河越館跡の一部は整備されて史跡公園となっており、堀の跡と井戸や塚などが復元されていた。河越氏の時代は方形の屋敷のような区画が碁盤の目のように広がっており、それぞれの区画の間を道が通っているような感じだったらしい。
言い回しが正しいのか少し悩むが、塚(とされるもの)が復元(?)されている。史跡公園の中ではやはりこれが一番の謎の施設だろう。なお、時代によって館跡の構造や規模は変わっており、現地の説明板を見ても結構ややこしい造りだった。
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