9月27日大崎遠征・初日編(宮城県大崎市)2008年09月30日 22時20分34秒

御本丸公園のコスモス園と人力車
9月最後の土日に大崎市まで行ってきました。宮城県には久しぶりの遠征ですが、今回はコスモス祭りが目当ての急ごしらえの旅だったため、かなり行き当たりばったりな旅に・・・。

大崎市の松山町に着くと青空と黒い雲の見える妙な天気だったが、目的地の御本丸公園(千石城跡)とついに雨が降り出してしまった。生憎の天気にも関わらず、園内にはコスモスを見るために多くの人が詰め掛けており、コスモス園を周る人力鉄道もちゃんと運営していた。雨が止んだ隙を狙って園内を散策したが、主流のコスモスの品種はまだ時期が早かったのか、花が咲いている割合は6~7割ほどで、ちょっと物足りない感じなのが心に残った。

コスモス園がある場所は千石城の三の丸にあたり、地形は大分近世の手が入っているようで、展望台がある場所などは不自然な地形になっている。それでも展望台からの眺めは良く、強いて言えば天気が変なのとコスモス畑を上手く撮ることができなかったことくらいだった。

三の丸から尾根伝いに奥まで進むと、突如堀切の先に急崖が現れるが、この上が二の丸跡で堀から登れるようになっている。実際に登ってみると、崖だと思ったものは柵状に連なった木々であり、まるで城壁のように二の丸を囲んでいた。二の丸の先には堀切を挟んで本丸があるが、この部分には今は橋が架けられている。

本丸は比較的広く西側は少し段差になった地形になっている。本丸にも展望台があるのだが、周囲は木々に囲まれているため、三の丸と違って展望をする場所というよりは四阿に近い感じの建物である。

本丸から一度東側に降り、林道との間にある二重堀切の跡を確認している所で再び雨が降り出し、しかも今度は強めの雨だったため、急いで三の丸に戻ってしばらく雨宿りする羽目になった。

雨が止んだ後は再び本丸まで向かい、本丸を越えて先の郭へと降りた。本丸の先の郭群は雑木林になっているがどれもよく形を残しており、道を降っていくとやがて弁慶坂へと着いた。弁慶坂の南にもまだ無名の郭群は続いており、一部は畑になっていた。

弁慶坂を降りて車道に出た後は、今度は江戸時代の館跡である上野館へと向った。ここは今では高校の敷地となっているが、城跡を意識しているのか、高校のある丘の麓には一部に石畳や模擬城壁が見られた。館の厩の隣にあった馬洗いのための池跡には小さな庭園が造られており、城跡の絵図もここに展示してあった。池跡から坂を登った丘の上が御殿があった場所だが、今では高校の敷地なっているため、校門前に城跡の説明板がある他は郭跡程度しか遺構は確認できなかった。

上野館を散策した後は館跡の近くにある歴史館に立寄ってから、本日の宿の古川へと向った。

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