5月23日奥羽古城散策更新 ― 2011年05月23日 23時57分46秒
奥羽古城散策
http://www.ne.jp/asahi/saso/sai/
今回の更新ではトップ画像を変更し、青森県に3城を追加しました。トップ画像は少々時期外れになってしまいますが、浪岡城址の桜の景色です。本当は4月の更新で変更する予定だったのですが、ドタバタしたため結局5月までずれ込んでしまいました。
青森県に追加した城は順法寺城、蛎崎城、田名部館の3つで、いずれもむつ市にある城址です。そして、同様に「蛎崎蔵人の乱」にまつわる城となっております。まぁ、下北半島での戦乱は「蛎崎蔵人の乱」くらいしか無いので、自然とそうなってしまいますが・・・。
順法寺城は正直おススメできません。というのも場所がハッキリしないためで、城址碑のある場所には特に何もありません。恐らく現在の自衛隊の敷地内に遺構は埋もれていると思われます。
蛎崎城は時間の都合と時期が悪かった関係で全て確認できませんでした。発掘調査から遺構が最もよく見られた東曲輪の斜面には結局行けず、西曲輪と詰曲輪も同様に確認できなかった。唯一確認できたのが、現在公園になっている見張曲輪と廃校舎がある主殿跡だけで、見張曲輪からの眺めはなかなか良かったのが印象に残っています。調査書によれば城の構造は津軽の柴崎城に似ているため、元々は安東氏が築いた城ではないかと書かれており、確かに南部領ではあまり見たことが無い縄張りだったので、個人的にもその説には同感させられるものがあった。
田名部館は比較的遺構と歴史が判っており、発掘調査では二重堀など丘陵を取り巻く堀が確認されているが、残念ながら堀切のあった場所には今は車道が通り、二重堀の中土塁の一部が残されているだけとなっている。主郭にして近世に代官所のあった丘陵の上は、後世の改変が多く、丘陵縁の土塁以外は明確に遺構と呼べるものは見当たらなかった。
http://www.ne.jp/asahi/saso/sai/
今回の更新ではトップ画像を変更し、青森県に3城を追加しました。トップ画像は少々時期外れになってしまいますが、浪岡城址の桜の景色です。本当は4月の更新で変更する予定だったのですが、ドタバタしたため結局5月までずれ込んでしまいました。
青森県に追加した城は順法寺城、蛎崎城、田名部館の3つで、いずれもむつ市にある城址です。そして、同様に「蛎崎蔵人の乱」にまつわる城となっております。まぁ、下北半島での戦乱は「蛎崎蔵人の乱」くらいしか無いので、自然とそうなってしまいますが・・・。
順法寺城は正直おススメできません。というのも場所がハッキリしないためで、城址碑のある場所には特に何もありません。恐らく現在の自衛隊の敷地内に遺構は埋もれていると思われます。
蛎崎城は時間の都合と時期が悪かった関係で全て確認できませんでした。発掘調査から遺構が最もよく見られた東曲輪の斜面には結局行けず、西曲輪と詰曲輪も同様に確認できなかった。唯一確認できたのが、現在公園になっている見張曲輪と廃校舎がある主殿跡だけで、見張曲輪からの眺めはなかなか良かったのが印象に残っています。調査書によれば城の構造は津軽の柴崎城に似ているため、元々は安東氏が築いた城ではないかと書かれており、確かに南部領ではあまり見たことが無い縄張りだったので、個人的にもその説には同感させられるものがあった。
田名部館は比較的遺構と歴史が判っており、発掘調査では二重堀など丘陵を取り巻く堀が確認されているが、残念ながら堀切のあった場所には今は車道が通り、二重堀の中土塁の一部が残されているだけとなっている。主郭にして近世に代官所のあった丘陵の上は、後世の改変が多く、丘陵縁の土塁以外は明確に遺構と呼べるものは見当たらなかった。