3月31日静岡日帰り花見散策・その1【浜松城】(静岡県浜松市) ― 2013年04月02日 01時24分20秒
今年は桜の開花が早く、ぼやぼやしているうちに花見の季節となってしまったため、日曜日に慌てて出かけて来た。前日の天気予報では関東は雨だったため、晴れマークのあった静岡方面へと出かけたが、実際は予報がずれており浜松まで来た所で雨にぶつかってしまった。

浜松城の桜はピークを過ぎて既に散り始めていたが、それでもまだ桜は十分残っており、天候以外は十分満足できる状態だった。

浜松城ではちょうど天守門の普請が行われており、大手側は通行できない状態になっていた。このため、模擬天守閣に行くためには埋門側から入るルートしか無い。

画像が小さくて判り辛いだろうが、完成するとこんな感じになるそうである。イメージ図だと門だけでなく塀も復元しているようだが、現地を見る限りでは門以外は手付かずの状態だった。

浜松城といえばやっぱりこの天守閣の画像だろう。だが、復元ではなく現代人の設計による新築天守閣(復興天守閣)、又は模擬天守閣と呼ばれる代物である。当時の天守閣の資料は存在せず、天守台は造ったが天守閣は建てられなかったという説もある。

天守の最上階は展望台で、ここからは眼下に桜を見渡すことが出来てなかなか良かった。結局、浜松では雨のせいであまり散策できず、雨脚が強い間はずっと天守に引き篭もる羽目になった。
4月2日奥羽古城散策更新 ― 2013年04月02日 22時21分55秒
奥羽古城散策
http://www.ne.jp/asahi/saso/sai/
今回は2012年に訪れた城の中から岩手県の城をチョイスして4城を登録した。
岩谷堂城は伊達21要害の一つで、土塁や堀などの遺構が良く残る公園となっており、本丸には沢山の紫陽花が植えられていたので次に訪れる時は初夏を選んで行きたいところ。本丸には銀杏の巨木もあるが、周囲に高い針葉樹が多いため景色としては少々見難い。縄張り図に載っている石垣の大手門跡は、枡型の形と水堀の片側は辛うじて残っているものの石垣は撤去されたようで残っていない。
掻引城は唐梅館とセットとなっている城で、山城における根小屋に該当する。城跡は方形の小高い丘で、単郭方形の武士の居舘の流れを汲んでいるのがよく判る。それだけに周囲が宅地工事で削られているのが残念でならない。
大原城は北上山地の中に拓けた大原の街を見下ろす丘の上にあり、本丸と二の丸は草地で高い木々が無いため眺めは良い。特に目の前に見える室根山がなかなか印象的だった。本丸には銀杏の巨木だけが鎮座しているため、麓からでも目立っている。
新山城は雨で濡れていたため、山林の奥まで行けなかったのが心残りとなったが、頂上には想像していたよりもしっかりとした平場が広がっていたのには驚かされた。八幡神社の裏の山道から比較的簡単に南郭にアクセスできるが、稲荷神社の隣に出雲神社への参道があり、そこから参道を登ると北側の郭にも簡単にアクセスできる。
http://www.ne.jp/asahi/saso/sai/
今回は2012年に訪れた城の中から岩手県の城をチョイスして4城を登録した。
岩谷堂城は伊達21要害の一つで、土塁や堀などの遺構が良く残る公園となっており、本丸には沢山の紫陽花が植えられていたので次に訪れる時は初夏を選んで行きたいところ。本丸には銀杏の巨木もあるが、周囲に高い針葉樹が多いため景色としては少々見難い。縄張り図に載っている石垣の大手門跡は、枡型の形と水堀の片側は辛うじて残っているものの石垣は撤去されたようで残っていない。
掻引城は唐梅館とセットとなっている城で、山城における根小屋に該当する。城跡は方形の小高い丘で、単郭方形の武士の居舘の流れを汲んでいるのがよく判る。それだけに周囲が宅地工事で削られているのが残念でならない。
大原城は北上山地の中に拓けた大原の街を見下ろす丘の上にあり、本丸と二の丸は草地で高い木々が無いため眺めは良い。特に目の前に見える室根山がなかなか印象的だった。本丸には銀杏の巨木だけが鎮座しているため、麓からでも目立っている。
新山城は雨で濡れていたため、山林の奥まで行けなかったのが心残りとなったが、頂上には想像していたよりもしっかりとした平場が広がっていたのには驚かされた。八幡神社の裏の山道から比較的簡単に南郭にアクセスできるが、稲荷神社の隣に出雲神社への参道があり、そこから参道を登ると北側の郭にも簡単にアクセスできる。
3月31日静岡日帰り花見散策・その2【駿府城】(静岡県静岡市) ― 2013年04月03日 00時26分29秒
浜松に居るうちに土砂降りとなったため、浜松で昼食をとった後は静岡方面へと移動した。静岡市まで来ると雨は全く降っていなかったので、せっかくだから駿府城へも立ち寄ることにした。

駿府城の桜もピークをやや過ぎており、花びらがチラホラと舞っている状態だった。それでも十分見頃であり、石垣沿いの桜もなかなか綺麗だった。

前回訪れた時は駿河湾地震で崩れた石垣が痛々しかったが、今はその崩れた箇所もごらんの通り修繕されていた。石垣が新しいので崩れた箇所と残った箇所がよく判るが、しばらくすれば区別も付かなくなるのだろう。

もう一箇所もごらんの通り修繕されており、近くには地震の崩れた時の様子と修繕工事の内容を伝える看板が設置されていた。

二の丸の南西部では坤櫓の復元工事が行われていた。平成25年度末の完成予定なので今年度中にはお目にかかれるようである。

二の丸内の桜もなかなか綺麗で、特に枝垂桜はちょうど見頃を迎えており、特に綺麗だった。

浜松城同様に駿府城にも家康公が居る。こちらの権現様は浜松城よりも体系がふっくらしており、いかにも晩年といった感じがする。

4月の5日~7日にかけて「静岡まつり」がここで行われるようで、花見客に混じってちょうど設営などが行われていた。残念ながら次の週末は静岡に来る予定は無いので、祭りは見れそうに無いが、いずれは祭りの日に訪れたいものである。
4月7日松本花見の旅・その1【松本城】(長野県松本市) ― 2013年04月08日 22時45分24秒
関東の桜の時期は既に過ぎてしまったため、週末は信州へと出かけて来た。・・・と言っても6日は風が強い上に雨脚も強く、予想以上に信州は寒かったため、上諏訪温泉にて早めにチェックインし、結局温泉と飯を楽しんだだけで一日が終わった。ちなみに上諏訪には桜の名所の高島城があるが、諏訪の桜はまだまだ蕾が多かった。

7日も朝は雨が降っていたが次第に止んだため、前日に桜が満開の手前と聞いていた松本へと足を伸ばした。松本と言えばやはり松本城だが、事前情報通りに桜はほぼ満開に近い状態だった。画像は松本城二の丸太鼓門と外掘沿いの桜。

松本城の二の丸はちょうど石垣の修復中で二の丸の大部分にフェンスが張られていた。

本丸も埋門の周辺の修復工事中で、このため本丸には黒門からしか出入りが出来ない状態になっていた。

初めは時々小雨がぱらつく曇り空だったが、11時をまわったあたりから青空が広がり始め、気がつくと青空の下に満開の桜が咲き乱れる絶好の景色へと変わっていた。

桜は二の丸の西側一帯が綺麗だったが、外掘り沿いにぐるりと続いている桜もなかなか見事だった。

城をぐるりと一周した後は、せっかくなので市街に埋もれた三の丸跡のまだ見ていない遺構を見に向かった。三の丸跡の北東部のかつて惣堀があった場所には「柳の井戸」があり、この井戸は元は堀に噴出していた湧水で、堀を埋め立てた後に井戸として確保したものだという。

「柳の井戸」の周辺の駐車場は惣堀の跡で、駐車場に隣接する場所には三の丸の土塁も残っていた。

三の丸南部の大手門跡には去年に発掘が行われた一角があり、現在は埋め立てられてただの空き地になっているが、ここからは大手門の石垣や破却時に壊された大手門の瓦などが見つかっており、将来的には西総堀土塁公園のように整備されるのかもしれない。
4月7日松本花見の旅・その2【井川城】(長野県松本市) ― 2013年04月10日 22時29分38秒
松本城を散策した後は、本当は犬甘城跡(城山公園)の桜を見に行きたかったが、しばらくしてまた空が曇り始めたため、風当たりが強く雨風をしのぎ難い山の上は避けることにした。まぁ、山の上の方はまだ3分咲き程度と聞いていたので、仮に行ってもがっかりしたかもしれない。

そんなわけで一旦松本駅に戻っていつでも帰れる準備した後、市街地のやや南の住宅地の中にある井川城跡を見に向かった。ここは十数年前に一度だけ訪れたことがあったが、塚みたいなもの以外は特に記憶に残っていなかった。画像は360度を住宅地に囲まれた田畑で、ここの場所が井川城の跡である。

城跡は4方に大小の川が流れており、塚のようにこんもりとした場所に城跡の看板と説明板が立っていた。この城跡は信濃守護となった小笠原貞宗が信濃の国府付近に移住するために建てた居館だという。塚のようになっている場所は櫓台と伝わっているが、城跡の全体像は判っていない。

塚の上には2本ほど若い桜の木があり、綺麗な花を付けていたが、この日の強風で花びらがどんどん散っていくのがリアルタイムで見られた。奥州では塚のようなものを調べたら古墳だった事例があるので、この塚も果たして本当に櫓台跡なのか非常に気になる。