8月13日夏季山梨遠征・その3【波木井城】(山梨県身延町)2013年08月16日 22時50分52秒

山梨の旅2日目は甲府より南下して身延町へ向かった。猛暑が祟ったのか朝起きるのが遅くなり、ホテルをチェックアウトギリギリで出たため、身延町に着く頃には既に昼を回っていた。現地に着いて向かった先は、以前から訪れたかった波木井城跡で、南部氏と縁の波木井氏の居城跡である。


波木井城南の横堀と切岸
波木井の集落を抜けて、バイパスと一般道が合流する箇所にある山の上に登る道から波木井城址を目指して登るが、道が結構分岐する上に城址への案内があるわけでもないので、登っている間は少々不安だった。画像は標高300mあたりにあった堀跡と思われるものと切岸。


波木井城標柱
標高320mあたりまで登ってやっと城址の標柱と案内板を見つけた。分岐から「至 波木井城址」と書かれている方向の行き止まりに城址碑があり、逆の身延山と書いている方向に行くと土門跡や堀切が確認できる。


波木井城からの眺め
標柱のある位置から城址碑のある場所へ行く途中では富士川を眼下に納める絶景を見ることができた。画像下に見える民家がいくつか固まった山の中腹も城址の郭跡で、習練場(的場や馬場)の跡だという。


波木井城址碑
道が行き止まりとなっている箇所に城址碑が建っており、画像の左の外側には縄張り図の載った説明板もあった。城址碑の背後に見えるさらに高い場所が主郭であるが、この場所より先は立ち入り禁止のため確認は出来ない。


波木井城土門跡
城址の標柱のある場所に戻り、逆の分岐へと進むと城の裏側に回りこむことができる。裏側では画像の土門跡が確認でき、門跡の横は明確な切岸となって続いていた。


波木井城堀切跡
波木井城のある山は西側だけが山地と繋がっており、この接続箇所の尾根が急に狭くなっている箇所には堀切跡と見られる箇所が確認できた。画像のように車道を通すために護岸や堀跡からの嵩上げをしているが、小屋の背後には明確に鞍部を窪ませた跡があり、ここが縄張りの西端であることがよく判った。ただのこの先は身延山に続いているので、当時も波木井氏が身延山へと向かう参道があったのかもしれない。